オススメの本 ほんとうの中国の話をしよう

今日紹介するのは、『兄弟』や『活きる』などのベストセラーで知られる、現代中国を代表する作家、余華さんのエッセイ『ほんとうの中国の話をしよう』です。この本は、面白いです。少々高いですが、十分買う価値がありますので、是非とも読んでみてください。本書を読まずして、現代中国を語るなかれ。そう言い切ってもいいくらい、たくさんの示唆に富んだ本です。特に、下らない嫌韓・嫌中本などを買おうとしているあなた。そんな金があるならば、迷うことなくそのお金を、本書の購入に回すべきです。そうすることで、あなたの人生は、確実に良い方向に動くと思います。

何がどう面白いのか?本書で書かれているのは主に、文化大革命から解放経済へと続く激動の時代を生きる著者の経験談です。(「極端な変化の時代を生きる人間」というのは、著者の小説の一貫した主題でもあります)冒頭、天安門事件について触れてますが、基本的に政治的な本ではありません。にもかかわらず、訳者あとがきによると、本書は中国本土で発売禁止になっているようです。一見、過剰反応とも言える措置ですが、私には、中国政府の気持ちがよーく分かります(笑)。権力者にとって、これほど都合の悪い本など、滅多にあるものではありません。本書では一貫して、政治的に中立な立場から書かれていますが、それが逆に、彼らの胸に突き刺さりまるのでしょう。心中、お察しします。

本書には、善人も悪人も、常識人も変人も、賢者も愚者も登場します。多種多様な人々が、劇的に変わる時代の中で、成功と失敗を繰り返します。些細なことをきっかけにして、雲を掴むような出世をしたかと思えば、つまらぬことで足をすくわれ、地面の底まで叩きつけられる。そんな事例が、次々と紹介されます。ユーモアあふれる筆致で描かれるため忘れがちですが、彼らはみな、大真面目です。例えば、より効果的な自己批判の仕方を一家で話し合ったり、文革時代の聖典毛沢東語録』を、ついうっかり便所に落としてしまった青年の悲劇などは、傍らから見ると滑稽ですが、当人たちは、大真面目です。地位や名誉、ときには命までかかっているのだから、当然のことでしょう。

もちろん、悲劇が生まれる一方で、成功者もたくさん誕生します。著者は、文革、解放経済時代をそれぞれ「権力の再分配」「富の再分配」と定義づけています。成功者たちは、ダイナミックな再分配の中で、極端な時代の流れに上手く乗って、過度の分け前に預かることに成功しました。、しかし、過去のいかなる成功も、将来の栄光を約束しません。大きく成り上がるチャンスが大きな社会は、同時に、大きく転落するリスクの大きな社会でもあります。一瞬の急浮上の後、元いた場所まで、時にはそれよりもずっと下まで落下して行った人が、何人も登場します。この呆気なさは、ありきたりな言葉ですが、「世の中のはかなさ」のようなものを、私たちに教えてくれます。

本書の中で特に印象的なのは、文化大革命時代に著者が行った行為についての告白です。著者は、文革真っ盛りの少年時代に仲間とともに、配給された食券を町で売って小金を稼ごうとする農民を摘発して殴打を加え、得意になっていた過去を告白しています。農民の行為自体は、当時の法に照らせば明確な違法行為であり、それを取り締まった著者らの行為は、法の上では正当なものです。にもかかわらず、過去のこの思い出は、忘れることの出来ない痛みとなって、著者を襲っています。著者らの行為は、物の善悪を自分の頭で考えることを放棄し、時代とともに極端に変動する「正義」なるものに盲目的に従って行動したこと来ているという点で、彼らの失敗は、文化大革命という、同時期に大人たちが起こした大失敗の縮小版に過ぎません。

文革という時代は、確かに特殊な時代です。しかし、根拠なき熱狂に流された正義感の爆発という現象自体は、普遍的なものです。インターネット上などにあふれる、一旦敵とみなした人間に対する盲目的かつ執拗なバッシングなどから、自ら考えることを放棄した集団熱狂を感じるのは私だけでしょうか。本書は、現代の日本でこそ広く読まれるべきなのかもしれません。



ほんとうの中国の話をしよう

ほんとうの中国の話をしよう